ゆとぶろ

IT業界在住ダラリーマンの日々徒然

オンラインサロンとは新時代の宗教と村かもしれない

はじめに

このブログを始めるきっかけになった後輩君が私に推薦してくれたNewsPicksに最近はかなり刺激を受ける日々を過ごしています。いやー、これは面白い。

newspicks.com

昨日寝付けない夜のお供に見たのはこちらの動画でした。

newspicks.com

「オンラインサロンってなんだ?」っていう疑問に実際にオンラインサロンを主催してるメンバーが赤裸々に語ってくれる素晴らしい番組でした。いやー、ほんと面白かった。おかげでもっと寝付けなくなりましたw

NewsPicksで全編見ると2Hくらいあります。有料会員にならないと全編は見れませんが、Youtubeで触りの20分くらいは見れます。

www.youtube.com

今は10日間のトライアルやってるので、ご興味持たれた方は登録だけしてトライアルで見るのもアリですね。

 

感想が新鮮な内に頭に浮かんだことをまとめておこうかなと思います。

 

オンラインサロンは私塾

オンラインサロンとは、仕組みだけザックリ説明するなら動画のサムネイルにもある通り今Youtubeを始めとしたネット上で大きな影響力を持つ著名人の方達が月額1,000円~5,000円くらいの会員制で開くコミュニティのことです。

サロンの主催者によって方針や方法論は様々ですが、あるテーマに沿って会員の方と一緒にものづくりをしたり、主催者である著名人と直接会って議論したり、会員限定のコンテンツやサービスが受けられたりといった形で還元されるのが一般的な形のようです。

 

この動画に出演されてる方たちのオンラインサロンの一覧

salon.jp

community.camp-fire.jp

www.nakataatsuhiko.com

あとは出演はされてないけれどホリエモンこと堀江さんのサロンも有名だそうです。

lounge.dmm.com

これらのオンラインサロンはTOP of TOPといってもよく他にも無数のオンラインサロンが世の中には存在しており、様々なジャンルでサロンが連立しています。いやーすごいですね。田舎者の私は存在こそ知ってましたがここまでデカい規模になっていたとは。

こんなサービスもあるのか。

lounge.dmm.com

動画の中でも「結局オンラインサロンって何なんだ??」という意味や定義の話題が何度も議論されていましたが、オンラインサロンは私塾なんですよっていう説明が一番しっくりくるのかなぁと思いました。

 

私塾っていうと江戸中期~末期・幕末の時代にたくさんあったやつですね。それぞれ理念やポリシーの違いはあれど、志を同じくする人たちが集まって活動を行う集団

オンラインサロンはお金も自分たちで出し合って、何か面白いこと、自分たちがやりたいことをやろうっていう新時代の私塾という説明が一番的を得ているように思いました。

シェアリングエコノミーと我々の欲求

お金の話が出たので、シェアリングエコノミーの話も。このオンラインサロンしかり、クラウドファンディングもそうですが、シェアリングエコノミーの極致だなぁってすごく思いました。

 

シェアリングエコノミーを言葉だけで検索をかけると車のライドシェアや民泊みたいなモノやサービスの話ばっかり出てくるんですが、もはや直接的なお金・経済すらシェアされる時代になったんだなって。

堀江さんもよく最近お話されてる気がするんですが、要するに大昔に貴族や大富豪が自分のお気に入りのお抱え画家や音楽家パトロンになったように、面白いことや新しいことをやろうという人を100人、1,000人、10,000人が集まって支えるような仕組みや文化が既に出来つつあるんですね。今の社会で。

 

集まったお金をきちんとやりたいことに投資していく、簡単に身動きができない僕らの代わりに夢を実現していく、時間ややる気があれば一緒に参加できる。それってすげー面白いし楽しいだろうなぁって思います。

全員がパトロンになれるし、何なら一緒に参加もできるし、その成果物が世の中に出ていく実際に形になるっていうのはすごいカタルシスがあると思うんです。僕らの夢とかやりたかったけど色んな理由であきらめてきたこと、自己実現の代行をオンラインサロンは提案してるんだなと。

 

もちろん資金の使用用途の透明性は必要だし、自分に合ったモノではなかったり、最初は良かったんだけど途中から思ってた方向とは違う流れに行ってしまったということもあり得ると思います。

そんな時はいつでも脱退すればいいし、「強制ではない」という点で自由を担保しておく。証明や通行券としての月額会費でそこにコンセンサスを取るという形はシステムとしても理に適ってるなぁと感心しました。要するに、嫌なら金払わずに辞めたらいいわけですから。

 

これって新しい社会システムの形を見せているような気がすごくします。先進国のような成熟した社会では全員を一律に納得させられる生き方や楽しみ方を定義すること自体がたぶん不可能なんだと思います。

そこには「多少お金を払ってもいいから俺を満足させてくれ」っていう需要が間違いなくあって、オンラインサロンはシェアリングエコノミーという仕組みをつかってその需要にうまくハマったなと。今の社会にある潜在的な需要に「私に投資してくれれば楽しませますよ」という形で見事に訴求できてるんだなーって思いました。

コミュニティとサンクチュアリ

議論の中でもう1つ白熱していたのは、そのCLOSEDなコミュニティは一種の独裁や鎖国みたいな危うさ・怪しさを秘めていないだろうか?という議論でした。

なぜCLOSEDにするのか。それは私たちがSNS、私が利用してるTwitterやこのはてなブログもそうかもしれませんが、パブリックでごちゃ混ぜにされることへのストレス・反動だと私は理解しました。

 

西野さんや箕輪さんのお話がとても分かりやすくて。要するに何か新しいことや面白いことをやろうと思ったとき、当然賛同してくれる人と同時に非難や誹謗中傷をする人は同時に存在していて。でも、それをわざわざ全員がごちゃ混ぜのところでやる意味ありますか?という問いはその通りだなぁって思いました。

 

建設的な意見や、こうしたらもっと良くなりそうです!っていう意見を言ってる人達と、ただただ不満や文句を投げつけてくる人たちって、実体験として学校や社会でたくさん私たちも遭遇してきたと思います。ネガティブな連中の一声で一気にトーンダウンして場が白けたり、そもそもの議論が成り立たなくなってしまったような経験ってみんな大小ありますよね。

 

オンラインサロンは月額会費という垣根を1つだけ設けることで「賛同しない人」をシャットアウトしてる。一種のサンクチュアリ=聖域を作ることが出来るわけです。

それを「公共性が無い」とか、「議論の公平性が無い」とか、「独裁は良くない」といった形で批判する人はいそうですが、だったら別にこっち来るなよ、誰も強要も強制もしてないよ、という話は当たり前なんだけどそうなんだよなーって腹落ちしました。

 

なぜか私達はそういうパブリックなフィールドで戦ってこそ価値があるものだ、素晴らしいものだという呪いにかかってる気がしたんです。でも、パブリックな場でわざわざそんなめんどくさい人の相手をしてるのは時間の無駄で、そこで戦わなくてももっと楽しいこと・面白いことができまっせ、活動が多くの人に支持されるならお金だって集まりますぜというだけのシンプルなことなんですよね。

 

最終的にはそのコミュニティで何が得られたか、何が出来るのかだけで還元され、評価されればいいというのも明瞭です。素晴らしい作品作りに参画できるのか、単純に同好の士と一緒に居れる居心地の良い空間なのか、それは決まりなんてなくて多種多様でいい。そんな寄合というか同好会、仲間のような集いなんだなーと。

 

このご時世、誰にでも通じる言説がないのは当たり前でオンリーワンなストーリーを自分で選ぶ、作っていく時代になったんだってことをすごく思いました。

新しい時代の宗教と村

私はこの一連の動きは新しい時代の宗教と村の萌芽じゃないかなと自分の中で理解してみました。

人間が有史以前に個々人や家族による小さな狩猟単位から、農耕による定住化から寄合・村の単位に移った時、人々をまとめるためにはルールだけでは足りませんでした。そこには共通のストーリーが必要で、それが神や自然への信仰と文化になり、宗教として体系化されて現代まで続いています。

 

宗教が与えてくれるのは共通のストーリーです。自分が今この場所にいる意味ややりがい、人の生き方への回答です。村やコミュニティが与えてくれるのは「おかえり」と迎えてもらえる安住の場所です。

でも現代は世の中や社会の仕組みが複雑になり過ぎて、全ての人に福音を授けられる宗教がそもそも成り立たなくなってしまいました。昭和の時代までギリギリ存在していたコミュニティは核家族単位や個人の自己責任になり人間同士の距離は年々希薄になっています。

 

そんな中で、同好の士で集まりお互いを尊重しお金を出し合い、一緒に目指すものに向けて歩んでいく、その過程で難しいことやうまくいかないことをみんなで乗り越えていく中で彼らだけのストーリーが生まれていく。

これって部活や同好会や趣味の会、アイドルの応援とかにも近くって。ただやってることが新しいというか、やり方やコンテンツが今までになかったってだけなんですよね。よくよくみれば旧来の宗教と村の興りから現代に続く同好の士の集まりと同じことをやってるんだなぁって。

 

動画の中でも「結局宗教なんです。ストーリーなんです。村なんです。」って出演者の方達も言っていて、それでいいんだろうなぁって私も思いました。

衣食住が満たされた時、私たちが次に向かうのは「より良く生きたい、幸せでありたいという欲求」だと思います。でもそれを既存の社会では全員分受け止めきれない、対応できない、遅すぎる。なら、自分たちで作っちゃおうよというシンプルな理論。

 

私たち人間の本質というは大昔から結局あまり大きくは変わっていなくて、最初に衣食住を欲し、それが満たされるとコミュニティや安らぎ、生き方や幸せみたいなものを求める生き物なんだなぁって。

オンラインサロンは一周回って新時代の石器時代というか、新しいんだけどすごく原初のことをやってるというか。そんな不思議な気持ちになる稀有な体験でした。

まとめ

  • オンラインサロンは同好の士の集まり、新時代の私塾である。
  • お金すらもシェアリングできる時代が既にネット上では実現されている。
  • パブリックな場で不要なバッシングと戦うことにもはや意味はない。
  • 月額会員費はコミュニティを不要な争いから遠ざける聖域への垣根である。
  • パブリックな批評ではなく成果物や実体験として還元できれば成立する。
  • 人間が根源的に欲してる「より良い生き方」への一つの回答が宗教と村。
    >オンラインサロンは新時代の宗教と村である。

いやー、今回はなんかすごく長くなってしまいました。4500文字くらいですね。でも熱い気持ちのままキレイに書ききったのでかなり満足してます。私も自分のやりたいことをもう一度見直してみたいと思います。このブログと一緒に。

素晴らしい対談を見せてくれた出演者の方々に改めて感謝!

ありがとうございました!大変勉強になりました!